
長湯温泉のシンボリックな野天風呂「ガニ湯」
長湯温泉のある九州・大分県は、皆さんご存知のように、温泉が豊富なエリアと知られている。
日本一というよりも、人間が入れる泉質の温泉で言えば湧出量世界一の別府温泉郷や、全国区の人気を誇る由布院温泉もある。
実は、大分県の温泉量は、日本全体の温泉湧出量の10%にもなっている事からも、その源泉の豊富さを想像できるであろう。
その中で、長湯温泉は、2007年12月7日に「炭酸泉日本一」を宣言した。
これは、世界的にみても稀有な泉質であるという事と、長湯温泉自身のアイデンティティを世に広めたいという意図もあるだろう。
長湯温泉は、一言でいえば、九州の田舎をそのまま絵に描いたような場所。
高層階の観光ホテルもないし、大規模なレジャー施設もない。
温泉旅館の数も、10数軒しかない。
しかし、ここには、長閑で静かな環境が整っている。
昔ながらの九州の田舎の温泉地の風情が溢れている。
その中で、世界的な温泉療養地であるドイツ・バードクロチンゲンと姉妹都市を結んでいることから、飲泉所・建物などのデザイン、そしてドイツワインなど、町のいたる所でドイツ文化を感じることができるということも付け加えておく。
ここ長湯温泉には、別府や、由布院にはない、独特の空気がこの地には漂っている。
だからこそ、ここ最近の長湯温泉は着実に旅行客を増やしているようだ。
その中に、「宿房 翡翠之庄」は、ダム湖の近くの、くたみヶ丘の3万坪という広大な敷地に佇む。
長湯温泉の魅力が凝縮された宿がそこにあるのだ。

茶室もある露天風呂付き特別室離れ「山水の棟」
「宿房 翡翠之庄」のある、くたみヶ丘は、もともと水道も電気もきていない山林だったところ。
創業者である現オーナー・首藤文彦氏自ら重機を動かし、開墾、整地して離れを造り上げた。まさに汗と涙の結晶でもある。
この宿は、3万坪の敷地に建物が点在している造り。
客室棟はもちろん、母屋、食事処、風呂、厨房、燻製工場などすべてが独立した建物となっている。
母屋(フロント棟)から、客室棟、浴場棟、食事処などは、回廊(渡り廊下)によって結ばれている。
これらの建物に使用された木材は、大分県三重町出身の材木商・甲斐英治氏によって、ここ、くたみヶ丘に運ばれてきたという。
そして、選ばれし7人の棟梁(宮大工を含む)たちによって、それらの木を加工され、磨かれ、組み上げられた。
それぞれの棟梁たちのこだわりと、オーナーの想いがぎっしり詰まった離ればかりが完成し、1992年に「開門」を果たすわけである。
建物の木材は、すべて国内で算出されたものを使っている。新建材、合板、外材、サッシ等は一切使用していない(厨房棟は除く)。
母屋(ロビー)に至っては、木組みに1本の釘も使用していないという。
創業以来、毎日、燻しあげられたおかげで、大黒柱や梁は、見事なまでに黒光りしている。
ちなみに、全部で30棟にも及ぶ和風建築群には、ペンキはほとんど使われていない。
木酢酸だけを使用し、男女別浴場の梁、渡り廊下の木組みと塗り壁、茅葺きの門・・・などすべての建物に、自然の恵みの材料だけで、メンテナンスされているのだ。
まさに手作りの良さが、敷地全体に溢れている。
最近オープンした宿でよく見かける、「和風」や「古さ」を取ってつけたように演出しているのではなく、あくまでも荒々しく、言い方を変えればワイルドな風合いが、この宿の建物に息づいている。

炭酸水素塩泉の源泉100%かけ流し貸切風呂「暑月(しょのつき)」
長湯温泉は、由布院温泉(大分県)、黒川温泉(熊本県)などのほか、小さいところも含め、人気温泉地が近くに数多く存在している。
ライバルひしめく、温泉激戦区と言われるこの場所で、長湯温泉は生き残ってきた。
その理由のひとつとして、日本一と評価される「二酸化炭素泉」(単純炭酸泉)と「炭酸水素塩泉」(含土類-重曹泉)の湧出量の多さと泉質の良さに魅せられた、多くの温泉ファンがいるという事があげられるだろう。
そこで、長湯温泉は、「源泉の湧出量に見合った風呂にしよう。必要以上に大きな露天風呂を作って、温泉を循環ろ過(塩素消毒)して、肝心の温泉成分を殺すような風呂は要らない。」・・・との思いから、「水も足さない源泉100%かけ流し」という、温泉旅館の原点にこだわる事を決意する。
そして、対外的な意思表示として、長湯温泉の全旅館参加で、2006年に大分県庁にて「源泉かけ流し宣言」を行った。
もちろん、「宿房 翡翠之庄」もそれにならった。
しかし、温泉の湧出量は、この宿も限られている。
男女別浴場や貸切風呂はもちろん源泉100%かけ流しだが、露天風呂付き客室で、温泉を使っているのは「木部の棟」だけで、他の客室は地下からくみ上げた天然水を使っている。
一般的な宿の経営者なら、温泉を循環ろ過して「温泉と謳えば」いいものを、あえて循環を良しとせず、愚直なまでに「源泉かけ流し」にこだわるところに拍手を送りたい。
日本の温泉法というものは、ザル法とも言われており、天然温泉をスポイト一滴でも入れれば、「温泉」と表示できるのだ。
だからこそ、「翡翠之庄」はじめ、長湯温泉の宿には誠実さを感じさせるのだ。

長湯ダム湖を望む「木部の棟」の源泉かけ流しの客室露天風呂
この宿の人気の大きな要因のひとつに、バラエティ溢れるお風呂が挙げられる。
13室しかない規模にも関わらず、男女別浴場の他に、貸切露天風呂が2ヶ所。
大きな窓で展望も楽しめる貸切風呂が3ヶ所。
そして、露天風呂付き客室は5棟もある。
貸切風呂はすべて、宿泊客は無料で利用でき、フロントで鍵をもらって利用するシステムになっている。
内湯付き離れや、ログハウス、そして一般客室である旅籠の棟など、専用の露天風呂が付いていなくても、これだけ貸切風呂があれば、満室の日でも困らないはずだ。
そのお湯はもちろん、長湯温泉特有の「炭酸水素塩泉」。
肌をスベスベにしてくれる美肌の湯でもある。女性に人気の泉質だ。
この素晴らしい温泉を、加水なしの源泉100%で体感できるのだから、嬉しい限りだ。
露天風呂付き客室は、大きなウッドテラスが印象的。
その開放的な空間は、ワンランク上の贅沢さを感じさせてくれる。
いつでも気軽に湯浴みができるところが、やはり人気のようだ。

川魚が苦手な方でもファンにさせてしまう「エノハ」
「宿房 翡翠之庄」のオーナーは、もともと料理人。
20代の頃は、海を渡り、フィリピンのペニンシュラホテルの日本料理・総料理長も任されたことがある。
温泉旅館は温泉も大事だが、もうひとつの主役「食事」にも、この宿はこだわりを見せてくれる。
その代表的なのは「エノハ料理」。
「エノハ」とは、一般的にはヤマメ(山女魚)の別称と言われているが、実はヤマメとアマゴの兄弟的な存在らしい。
山奥の清流しか育たないと言われ、渓流の宝石とも称えられている。
同じ川魚の鮎などと比べて、くさみやクセがなく、一般的に川魚が苦手な方も、このエノハだけは食べられるというのだ。
この「エノハ」は、お造りで出されるが、残りの頭と骨を、揚げて塩コショウで味付けした「エノハの骨せんべい」も美味い。個人的な感想を言えば、これほどビールに合うものは無い。
そして、夕食の別注料理としては、エノハの姿寿司。そして、内臓の塩辛を使った「エノハのうるか岩焼き」も絶品だ。生でもいけるが、熱した石の上で少し焼いていただくのも美味。これは日本酒や焼酎に合う。
そして締めには、この宿オリジナルの「幻のエノハ茶漬け」。
エノハを秘伝のタレでじっくりと漬け込み、時間をかけ燻製にしたものを粉砕し、お茶漬けに仕立てたもの。幻と言われる所以は、茶漬けの素を完成させるまで1週間もかかるから。
朝食には、エノハの一夜干しが出される場合が多い。これも美味。
このように、エノハの美味しさを知り尽くしているこその献立が用意されている。
この他にも、自家製の燻製類が、これまた美味。
ビーフジャーキー、生ハム、チキンロール、牛タン、ロースハムなどが、敷地内の自社工場で作られるのだ。
野菜のほとんどは、やはり敷地内の「カワセミ自家菜園」から収穫できるものを使う。
"地産地消"をテーマにした献立は、オリジナリティに溢れ、印象に残るものばかりなのだ。

共同浴場「万象の湯」の男女別浴場
今や、長湯温泉のイメージリーダー的存在となったこの宿は、先頭役になって町おこしに頑張っている。
1999年に、世界選手権仕様のRC(ラジコン)レーシングサーキット「KAWASEMI Jr. Super Indy Circuit」をオープンさせた。規模は日本最大級という。
直線78m、全長380mのヨーロピアンサーキットに、パドック(屋根、AC電源付き)80m、60坪の本格派プロショップも常設した。
2000年には、「御前湯」の近くに「ラーメン隼」をオープンさせた。長湯温泉をイメージし、故郷の味を具現化したもので、濃厚なスープは人気が高い。
そして、2004年に「ガニ湯本舗 天風庵」をオープンさせた。
これは、長湯温泉のシンボル的存在の混浴露天風呂「ガニ湯」がある芹川沿いに、外湯めぐり湯治宿と食事処を兼ねた施設で、同じ敷地には、屋台村4店舗もオープンした。
1Fは、食事処となっていて、エノハ料理、スッポン料理、ふぐ料理、豊後牛ステーキなどの他、うどん、ザル麺、幻のエノハ茶漬けもある。
2Fは、全6室(和室)の湯治用宿泊施設となっている。
館内に貸切風呂(温泉ではない)は2ヶ所あるが、基本的に外湯めぐりをしてもらうための施設となっているのだ。
屋台村は、地元の人が経営するパン屋、居酒屋などテナントとして入り、住民が商売できるような空間を作ったわけだ。
2005年には、地元有志と「月とスッポン・ニッポン協会」を設立。
スッポンを通して地域おこしと美しい川づくりをしようとの試みだ。
長湯温泉の名物はエノハだけではない。長湯の中心を流れる芹川の清流には、天然のスッポンが生息しており、古くから地元の人たちの栄養源になっていたという。
2007年2月には、長湯歴史温泉伝承館「万象(ばんしょう)の湯」もオープンさせた。
男女別大浴場には、高温の炭酸泉とぶくぶくサイダー風呂(炭酸を含んだ地下水)があり、露天風呂も備わっている。貸切風呂も3つ用意されていた。
長期滞在型湯治棟(宿泊施設)もある。6帖シャワートイレ付き和室が4室、シングルの洋室が2室、そして20帖の宴会場が2つという構成となる。
併設された薬膳料理バイキング「天恵塾食堂」も評判となっている。
2009年7月から、「ムーンリバーホース」という乗馬サービスをスタートさせた。
芹川リバーサイドコース(60分~)や、長湯ダム周辺コース(40分~)、森林サイドコース(60分~)、3~5時間コース(芹川~ダム湖~天空の杜)などの乗馬プランが用意されている。

「圭窯」では宿泊客や一般の方向けに陶芸教室も行っている
最近では、宿の敷地内に、森の中のヒーリングルーム「エンジェルファーム」を招聘。
こちらでは、スウェーデン式マッサージ、経絡マッサージ、アーユルヴェーダ式マッサージ、レイキヒーリング等の手技療法や、アロマセラピー、薬石療法、音叉療法等の、自然療法を融合したオリジナルのセラピーが受けられる。
施術には、「エンジェルファーム」が独自に研究開発したハーブ薬草オイルを贅沢に使用。毒素や老廃物の出かたが、普通のオイルとは全然違うとのこと。
駐車場横の敷地に日帰り客向けの食事処「料庵 川瀬美」がある。
「宿房 翡翠之庄」の原点が実はココ。
オーナーの首藤文彦氏は、1986年に長湯温泉の町中で食事処を開業したのが、独立の第一歩。そして「翡翠之庄」がオープンした翌年、敷地内に移転させた。
自家製手打ち蕎麦、自家製燻製加工品、そしてエノハ料理などがいただける。単品物も豊富だが、日帰りでも「翡翠之庄」の料理がいただけるとあって、連日賑わいを見せている。
中でも、「特選豊後牛ステーキ」は人気メニューのひとつ。豊後牛独特の柔らかな肉の食感を堪能してほしい。
そして同じく駐車場隣にあるのが「圭窯」。
ここを現在取り仕切っている陶芸家は、天地蔵先生。
どこか人間味を感じる、ユニークで温かい作品が並んでいる。先生の作品は、もちろん「翡翠之庄」の食事の器としても使われている。
陶芸教室も行っている。ゆったりとした時間の中で、土から創造する体験は、都会人にとって大切な思い出になるかもしれない。
このような、施設の他にも、新しい宿泊スタイルや、日帰りスタイルを提案している。
宿泊も、通常の15:30チェックインだけでなく、18:30インの「レイトチェックイン宿泊」(1泊2食)、21:30インの「ミッドナイトチェックイン宿泊」(1泊朝食付)などもスタートした。
それと同時に、「翡翠之庄」の客室を日帰りで利用できる「デイステイプラン」も誕生した。
3時間ステイ(11:30~14:30)と6時間ステイ(11:30~17:30)は「料庵 川瀬美」の昼食がセット。
9時間ステイ(11:30~20:30)は、昼食(料庵 川瀬美)と夕食(本館の食事処くたみ)の2食付き。
なお、6時間ステイと9時間ステイに関しては、寝具(布団・ベッド)が利用できるようになっている。
基本的に空いていれば客室を選ぶこともでき、男女別浴場はもちろん、貸切風呂も利用できるので、非常に楽しみなプランではある。
これらは、平日のみの設定(レイトチェックイン宿泊とミッドナイトチェックイン宿泊は日曜でも可)だが、平日1日休みを取れれば利用できるのだから、ぜひ体験していただきたいものだ。
これらのプランは、公式HPだけのものなので、電話はもちろん、ネット予約も可能となっている。
以上のように、「宿房 翡翠之庄」は旅館だけでなく、長湯温泉全体を牽引している事が、ご理解いただけたと思う。
これだけのパワーを持ち合わせている温泉宿は、日本全国見渡してもなかなか見つからない。
この宿が醸し出す、独特のオーラを、是非体感していただきたい。
何か、新しい発見もあるかもしれないし、フロントに書き記された「詩的な空想の入口になれれば」・・・とのオーナーの想いに共感するのも楽しいだろう。
文 ・ 大竹仁一(温泉コム株式会社 代表取締役)


















































